OUTDOOR+

アクセスカウンタ

help リーダーに追加 RSS 薩摩のすてがまり

<<   作成日時 : 2008/02/08 19:50   >>

トラックバック 5 / コメント 14

画像

すてがまりとは、関ヶ原の合戦で薩摩の島津勢が用いた戦法です。ちょうどNHKの大河ドラマが「篤姫」なので、時宜にもかなっているようですので・・・。

ほとんどの味方が敗れて戦場から姿を消したあとに、薩摩勢は悠々と退却し始めます。それも後ろへ退却せずに丸に十の字の旗印は前に動き出し、敵の大軍の真っ只中を駆け抜けるという前代未聞の退却方法です。

もともと関ヶ原には千数百名しか出陣していない島津勢が、何万という敵の中に割り込んで行くわけです。とても正気の沙汰とは、思えませんね。むしろ、敵のほうが驚いたのではないでしょうか。このままでは全滅必至ですが、この時採られた戦法が「すてがまり」です。

「すてがまり」は簡単に言うと、トカゲの尻尾切りです。小部隊づつ戦場に居残って敵をくい止め、殿様を逃がす時間を稼ぐのが目的です。この作戦は見事に功を奏し、殿様の島津義弘公はじめ80数名が薩摩に無事に戻ることができたのです。

心理面から見ても、すごく合理的な作戦なんです。合戦で戦死者が大量に出るのが、退却しているところを後ろから槍で突かれるケースです。戦場心理として覚悟を決めて突進してくる者は死兵に見えて、どうしても道を空けてしまうんですね。まずこれで道を開けさせ、追いすがってくる敵には「すてがまり」という二段作戦です。

薩摩勢のほとんどが鉄砲を持参していたことから、最初から島津公の作戦として組み込まれていたのではないかと思います。鉄砲なしには、無理ですからね。そして、射撃術の正確性でしょうか。殿様が無事でいる限り、故郷に残した愛する人たちも無事なんだと信じて・・・喜んで「すてがまり」に参加した士卒の方々に、あらためて敬意を表したいと思います。

ちなみに、明治維新後に、士族の数が最も多かったのが鹿児島県です。実に人口の20%強という異常に多い数値が、薩摩藩主従の強固な関係を現しているように思います。

このすてがまりを追撃し、その鉄砲傷がもとで亡くなる徳川四天王のひとり井伊直政公(彦根藩祖)が、関ヶ原戦後、島津家の存続を強く弁護したそうです。まさに侍は侍を知るという、素敵な後日談ですね。

mikomai       目次



設定テーマ

関連テーマ 一覧

月別リンク

トラックバック(5件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
大奥 華にも意地あり
今回のアンコールNHKその時歴史が動いたは 政略結婚のため薩摩藩から13代将軍家定へ嫁いだ篤姫(あつひめ) 同じく政略結婚で朝廷から14代将軍家茂(いえもち)へ嫁いだ孝明天皇の妹 和宮(かずのみや)の人間としての意地とプライドを貫いた二人の生涯でした ...続きを見る
賛嘆日記
2008/02/17 22:43
目次(2008.1〜2008.2)
2008.1〜2008.2の目次です。 ...続きを見る
OUTDOOR+
2008/05/16 12:13
OUTDOOR+ 総目次
OUTDOOR+の総目次のページです。上から順に新しいものが追加されていきます。 ...続きを見る
OUTDOOR+
2008/05/16 14:14
不老橋と塩釜神社
和歌浦のシンボルのひとつ、不老橋です。紀州藩第十代藩主徳川治宝(はるとみ)公の命により、嘉永四年(1851年)に架けられました。 ...続きを見る
OUTDOOR+
2008/05/25 03:48
海紅豆
カイコウズはアメリカデイコというマメ科の落葉低木で、ブラジル原産の外来種です。江戸時代の末期に渡来し、「鹿児島県の木」としても知られています。海を渡って来た紅い豆というのが、その名の由来だそうです。 ...続きを見る
OUTDOOR+
2008/09/28 17:52

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(14件)

内 容 ニックネーム/日時
先日、薩摩藩島津氏の祖である島津忠久の墓参りをしてきました。
私も大河ドラマ「篤姫」を観ているので、ちょっと感慨深いものがありました。
Z31
2008/02/09 14:19
こんにちは〜。
関が原での薩摩勢の話しは聞いたことがあります。
ひとのために自らを犠牲にして…、こういう話に弱いんですよね。
映画やドラマでもそんなシーンにはジーンときてしまいます。
変更前の記事では、mikomaiさんの思いに感激していました。ありがとうございました。
風鈴
2008/02/09 15:01
井伊直政公が鉄砲傷が元で亡くなったという話は耳にしていましたが、すてがまり攻撃によるものだったとは・・・初めて知りました!恐ろしや・・・
まさと
2008/02/09 15:21
Z31さん、こんにちは♪
記憶がちょっと曖昧なのですが、島津氏は鎌倉時代からの薩摩守護という名家で出身も関東でしたね。鎌倉参詣の折に行かれたのでしたら、相模の出身でしたか♪^^
篤姫も江戸城明け渡しの時に、徳川家の女性として活躍されますが、すてがまりに通じる気概を感じます☆⌒ー⌒
mikomai
2008/02/09 15:24
まさとさん、こんにちは♪
既にご想はメッセージでいただきましたのに、コメントまでいただけるとは♪ありがとうございます。^^
すてがまりの目的は時間稼ぎですから、追撃部隊の大将だけを銃撃するそうです。浮き足だって足止めに最も有効だからでしょうね。
当時は刀傷や槍傷の治療に、馬のフンとかを平気で塗り込んだりしていましたでしょう。そういう荒っぽい治療では、助かる方が不思議ですよね☆(^-^)
mikomai
2008/02/09 16:10
まずは再開おめでとう!
またお勉強に来れますね

うろ覚えなのですが
島津家が参勤交代に応じなかった事がありましたよね
幕府は島津攻撃もという時
関が原の戦いでの勇猛果敢な島津の戦いに
恐れてお構いなしというお話を思い出しました
こんな凄い戦法だったのですね
初めて知りました
謙信のくるまがかり戦法もそうですが
お勉強になりました
これからも宜しくお願いしますね


りょう
2008/02/09 18:58
mikomaiさん、こんばんは〜☆
復活されたのですね。良かったです^^ 一時はどうなるんだろう?と懸念しておりましたので…
薩摩の「すてがまり」初めて聞きました。決死の退却の話は聞いたことが少しありまして(マンガでですが^^;)、鉄砲の兵隊は、縄で体をくくって地面に固定して挑んだとか…
井伊直政がこの際死んだと言うのも初めての知識です。薩摩の島津何某か、武将の碑があるのは聞いたことがあるのですが。。
冬の月
2008/02/09 19:22
りょうさん、こんばんは♪
ありがとうございます。このすてがまりは薩摩のお家芸のひとつで、当時もけっこう有名だったのかもしれませんね♪^^
どうにも追撃部隊が、恐る恐る追いかけているような気がします。何にしても、逃げながら一糸乱れぬ行動をとれるほど、訓練されていたことは間違いないと思います☆
(*^-^)
mikomai
2008/02/09 20:13
冬の月さん、こんばんは〜♪
はい、ありがとうございます。どうにかこうにか復活いたしました♪^^
井伊直政公はこのあとしばらくしてから、この時の鉄砲傷が悪化して亡くなったようです。戦闘では、大将が最も狙われますからね。それに現在なら助かる傷でも、当時の医療では厳しいものがあったでしょうね☆
(^-^)
mikomai
2008/02/09 20:27
再開おめでとう!
よかた、よかった!
今、自分も鎌倉を歩いて歴史をかじりはじめると、戦の戦法というのは智慧比べのようで面白い・・・けど、哀しいですね・・・なんといっても戦争だからね。「すてがまり」も尻尾はたいへんだよね〜
薩摩は既に鉄砲まであったんだね〜
関が原の戦い・・・歴史もっと勉強だよ〜私!
有難う!
コケコ
2008/02/10 11:30
コケコさん、こんにちは〜♪
はい、ありがとうございます。戦争は力比べよりも、知恵比べなんでしょうね♪仰るとおりですね。^^お互いの実力が伯仲していると、川中島のように勝敗がつかない珍しい形になります。でも、ほとんどの戦いは、すでに戦う前から勝敗がついているケースが実は多いように思いますね☆(^-^)
mikomai
2008/02/10 15:22
手持ちの本では島津忠久のことはほとんどわからなかったので、ネットで検索して複数のページで確認できた情報ですが、忠久は大阪の住吉神社で生まれたそうです。
元の名前は惟宗忠久で、惟宗氏は摂関家の家司だったそうです。
忠久が鎌倉御家人になるまでのことはわからなかったのですが、惟宗氏の出自から想像すると、忠久は幼少時は京都で育ったのではないかと思います。
Z31
2008/02/10 17:07
Z31さん、ありがとうございます♪
なるほど、その出自から考えますと、島津家は京大阪に相当深い所縁を持っていらしたわけですね♪^^
すてがまりの退却ルートを考えた時に、不思議だったのが京大阪の人達の協力でした。完全に退却ルートを確保する布石を打っての、関ヶ原出陣だった感じですね☆
ひょっとすると追撃部隊にも、何らかの布石が打たれていたかもしれませんね。家康公の内諾とか・・・。薩摩に関係する岡山の宇喜多公も、島流しとはいえ助命されてますしね。
貴重な情報をいただき、ありがとうございました。(⌒ー⌒)
mikomai
2008/02/10 18:24
風鈴さん、ありがとうございます。
前回のコメントが一部不適切でしたので、変更しますね〜♪状況はメッセージでお話したとおりです。^^
こちらこそ、ヤドリギとアオイの記事を、ありがたく受け取らせていただきました☆暖かいお心遣いに、深く感謝いたしております。
(∩_∩)
mikomai
2008/02/11 19:12

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
薩摩のすてがまり OUTDOOR+/BIGLOBEウェブリブログ