彦根城でないものはどれ?

彦根城とは無関係なものが一枚混ざっています。flickr から。 flickriver : Rekishi no Tabi Photos tagged with shiga ⇒ http://www.flickriver.com/photos/rekishinotabi/tags/shiga/ mikomai …

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金沢城公園フォトギャラリーから

金沢城公園のフォトギャラリーに用意されているのは、四季それぞれの金沢城の写真が各4枚に夜景写真が4枚の計20枚。サイズは各々800×600と、1024×768の二種類。 金沢城公園フォトギャラリー ⇒ http://www.pref.ishikawa.jp/siro-niwa/kanazawajou/gallery/index.html mikomai

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小諸城大手門

小諸城の大手門と小諸城址懐古園は現在しなの鉄道線によって東西に分断されていて、大手門は小諸駅から北に少し離れた場所(小諸市大手1丁目)にあります。こちらは北側、つまり城の外側から見た大手門です。 内側はこのような感じです。 小諸市の案内板がありましたので、念のため引用しておきます。 重要文化財 小諸城大手門 (平成五年十二月九日指定)  大手門またの名を瓦…

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伊賀上野城天守

日本100名城のひとつ、伊賀上野城の天守です。別名、白鳳城とも呼ばれています。 明治維新後廃城となっていましたが、昭和10年(1935年)に復興されたものです。当時の衆議院議員川崎克氏が私財を投じて再建したもので、伊賀文化産業城という近代的な名が正式名称です。川崎氏については、俳聖殿(OUTDOOR+)で少し触れています。 天守入り口では、藤堂高虎公自らが出迎えてくれます。戦国の…

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天守から眺めた松本盆地

松本城の天守から眺めた、松本盆地の四枚の写真です。名探偵コナンくんになって、方角を推理してくださいね。写真は撮った順番どうりに並べ、その撮影時刻も表示しておきます。 ① 10:03:18 右手のほうに、ゆるやかな傾斜がみられますね。 ② 10:04:19 おぉ~、旧開智学校が、正面に見えていますよ。地図を見れば、すぐに方角がわかります。 周辺地図を、ここに貼って…

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松本城ふたたび

この位置から眺める松本城が、なぜかすごく気に入っています。平面的な構図にも関わらず、櫓の配置から奥行きが感じられるのも魅力的ですね。 お堀の水に映る姿も美しく、青い空がとてもよく似合います。国の宝と呼ぶのに、ほんとに相応しいお城ですね。 昨年の「 松本城にゆかりの大名家 」の時は春でしたが、今回は冬の写真です。どちらの時も、青い空が印象に残っています。次は夏の暑い日に訪れてみ…

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俳聖殿

松尾芭蕉の行脚姿をイメージした俳聖殿は、伊賀上野城内にあります。近代建築の芭蕉翁記念館とは違って、俳聖殿は総檜造り桧皮葺という和風建築となっています。ちょうど改修工事中でしたので、その大きさがよくおわかりいただけると思います。 俳聖殿の由緒が記された石碑がありましたので、そのまま引用させていただきます。なお、一枚目の俳聖殿の写真だけ、クリックで多少拡大します。 俳聖殿由緒記  建設…

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芭蕉翁記念館

伊賀上野城内にある、芭蕉記念館の右手に植えられている偲翁松です。もうほとんど枯れかけていますが、何とも言えぬ存在感があります。 芭蕉翁記念館を正面から撮影しています。築50年ほどになるそうですね。記念館建設についての経緯は伊賀市のHPに載っていて、昭和34年(1959)に当時の間組社長であった故神部 滿之助氏の篤志によって建てられたとのことです。 詳しくは次の芭蕉翁記念館のH…

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紅葉渓の現況報告

少し色づいてきた感じの和歌山城ですが、紅葉渓の中の様子も見てみましょう。 紅葉渓庭園の鳶魚閣(えんぎょかく)と御橋廊下 です。残念ながら庭内のほとんどの紅葉の樹は、まだ緑々としていました。 紅葉の見頃は、2~3週間後でしょうか。。。☆^^ mikomai       目次

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忍び伊呂波

伊賀上野城内にある忍者屋敷です。周辺の忍術体験館や忍者伝承館などと一体となって、伊賀流忍者博物館と呼ばれています。 参考 伊賀流忍者博物館 面白い案内板がふたつ。まずは、走る秘伝と歩く秘伝。忍び足から深草兎歩(しんそうとほ)まで六種類。手を足の下敷きにして歩く深草兎歩をやってみましたが、ほとんど前に進めません。手は痛いsしバランスは悪いしで、しまいにひっくり返ってしまいます。かなりの…

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雑賀城址に残る不気味な塔

紀州雑賀城址である、和歌浦妙見山にそびえたつ不気味な塔。現在廃墟となっているこの塔は、いったい何だったのでしょうか? 妙見山麓にある養珠寺付近からも、はっきりと眺められますね。この塔は、妙見山北の尾根にあります。小さな鳥居は弁財天堂で、その奥にある思斎井の横から登ります。 途中で南の尾根にある妙見堂と、道が別れます。このあたりは尾根の頂上部分が開けており、城跡らしい雰囲気が濃…

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堀端通りにある謎の石碑

前方後円墳のように見せかけて撮影していますが、堀端通りから見た和歌山城です。堀端通りは、かつての三の丸にあります。 城内のほうから見ると、堀端通りはこんな感じです。 1枚目にも写っていたのが、この石碑です。ただ一文字だけ、「陸」と彫られています。何なんでしょうね? 堀端通りには武家屋敷を偲ばせる、こんな白塀も残されています。でも、コンクリート塀のようですけど。。。 …

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雑賀城址~和歌浦妙見山~

思斎井のある場所から少し登ると、すぐに妙見山の頂上に着きます。現在、ここも養珠寺の境内地ですが、妙見堂が建てられています。この明神鳥居の中央一直線上に、養珠院様にゆかりの深い妹背山の海禅院多宝塔があります。鳥居が向けられてある先まで、よく考えられているものですね。 ここには戦国時代に、紀州雑賀党の本拠地である雑賀城があったと伝えられています。妙見山城とも呼ばれますが、今はその面影すらあ…

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松本城にゆかりの大名家

松本城は国史跡であり、天守は国宝に指定されています。土壁の下の下見板張が、何とも形容しがたい美しさですね。 日本の宝に相応しいお城で、今となっては難しいかもしれませんが世界遺産に登録されても不思議ではありません。 戦国時代には深志城と呼ばれ、信濃守護である小笠原氏の支城のひとつにすぎませんでした。武田信玄の信濃攻略の時から松本平(まつもとだいら)の押さえとして、俄然この深志城…

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紅葉渓庭園の鳶魚閣(えんぎょかく)

鳶魚閣は、えんぎょかくと読みます。木造宝形造り桧皮葺の釣殿風の建築物で、紅葉渓庭園のシンボルですね。戦災で焼失しましたが、昭和48年に復元されました。 「鳶飛戻天、魚躍干渕」という言葉から命名されたそうですが、その出典がよくわかりません。 紅葉渓庭園は通称名で正式には西の丸庭園といい、国の名勝に指定されています。いつものことながら、詳しい説明は案内板さんにおまかせいたしましょう。…

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石垣の刻印

この石には、妙な刻印が施されています。Wのようですが、悪戯でしょうか。それとも何かのおまじないでしょうか? 和歌山城の石垣には、このように刻印された石がたくさんあります。いったい何なんでしょう。 例によって説明を手抜きするため、刻印についての説明板があります。興味のある方は、ご覧下さい。(画像クリックで少し拡大します。)この刻印を研究された方は、刻印の総数まで勘定されたのですね。…

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和歌山城二の丸御橋廊下

和歌山城二の丸の御橋廊下(おはしろうか)です。二の丸と西の丸を結ぶ橋状の廊下で、藩主とその付き人しか渡れなかった廊下です。このように斜めに架かる形状は、全国でも珍しいものだそうです。2006年に復元。 詳しい案何板がありましたので、建築や歴史に興味のある方は画像クリックで拡大しますのでご覧ください。 では、にわか藩主となって、いよいよ西の丸から中へ入ってみましょう。外から見た…

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近江観音正寺の道しるべ

滋賀県の安土にある、観音正寺の道しるべです。聖徳太子が建立したという伝承を持つ、古いお寺です。人魚のミイラがあったとか・・・。人魚伝説は、また別の機会に。 かつて観音正寺と同じ繖山には、近江守護であった六角氏の居城観音寺城がありました。織田信長によって、永禄11年(1568年)に落城。観音正寺も焼失し、慶長年間に再建されたそうですが、1993年にも失火のためご本尊の千手観音を焼失しています…

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大蛇(オロチ)?

この写真には、大蛇が写っています。探してみてくださいね。 いませんか?こんな模様の大蛇なんですけど・・・。 濃い緑の葉の樹の幹に、ご注目ください。この大蛇はナギという名前です。 ナギは暖地性の樹木で、マキの仲間です。和歌山の新宮にある熊野三山のひとつ、熊野速玉神社の御神木がナギです。熊野速玉神社のナギは、平治元年(1159年)に平重盛の植樹と伝えられており国指定天然…

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城に住む者たち

ある城の住人たちを、ご紹介します。 大手門を守備する、紀州根来の忍猫風神・雷神です。いつも何処でサボっています。 (パンダ猫もそうですが、野良猫が多くなってきています。エサが豊富?) 岡口門の守備は外人部隊ですが、こりゃ完全に昼寝していますね。 (和歌山城内の動物園のフンボルトペンギンです。いつも元気がないようです。) 天守閣への坂道を守備する、金剛力士たち。屈強の…

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和歌山城天守閣

昨日に引き続いて、和歌山城の本丸です。本丸御殿の方向から、天守に近寄りましょう。 そちらは崖なので、危ないですよ~。このように、近くで撮影する場所は限られています。 この角度で見る天守が多くの人に好まれているようで、パンフレット類ではこの方向のものがよく使われます。 天守曲輪への門ですが、ここから先は入場料が必要です。やめときましょう。 前の部分の続きです…

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本丸御殿の七福の庭

和歌山城の本丸御殿にあった、七福の庭です。 七福神に似た名石を、宝船風に並べた庭ですね。七福神の配置は、次の立札をご参照下さい。 本丸御殿は上水道の貯水池となっているため、立ち入り禁止です。今、この七福の庭は、この本丸に向かうなだらかな坂にあります。クスノキの並木側の少し出っ張った部分です。 本丸御殿跡の入り口から見た、和歌山城の天守閣です。 大天守に重な…

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追廻門のホルトノキ

和歌山城追廻門脇にある、ホルトノキです。ホルトノキは、暖地性の常緑高木です。常緑なんですが、いつもどこかの葉が紅葉しているのが特徴です。見分けやすい樹ですね。 名前の由来はポルトガルに由来していますが、ポルトガルの原産ではないようです・・・。???次の写真を拡大して、ご覧ください。 もう少し近くに寄って、見てみましょう。紅葉した葉が、見えましたでしょうか? このように赤…

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和歌山城追廻門と護国神社

新年 明けまして おめでとうございます。 和歌山城の追廻門です。赤く塗られているので、赤門とも呼ばれています。曇天でちょっと画像が暗いので、拡大して見てください。左の木は、ホルトの木です。 門の詳しい説明は、立札をお読み願います。 城内から見た追廻門です。 石垣との接着面は、やはりきれいに削り合わされていますね。 追廻門を入ってすぐに、右手の石垣の間…

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但馬出石城

時代劇のセットかと思えるほど、小さくて可愛いお城です。 のんびりと出石(いずし)名物の皿そばを食べたりしていたので、出石城に着いた時はすっかり夕暮れでした。有名な辰鼓櫓の写真も撮りましたが、薄暗い写真でとてもご覧いただける代物ではありません。 もともと天守は、ないようです。室町期に但馬守護だった山名氏の居城、有子山城の麓に小出氏が築城しました。その小出氏も後に改易、松平氏~仙石氏と城…

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和歌山城天守

和歌山城天守閣を、多方向から眺めてみました。三年坂の岡山の時鐘堂から。石垣が豪壮な感じですね。 西の丸庭園から。竹矢来の向こうに、紅葉渓庭園があります。 一の橋大手門付近から。樹木が多くて、見えにくいですね。 おっ、怪しい忍び猫!お庭番なのか?刺客なのか?パンダなのか? やっと本丸です。んっ、誰か出てきましたよ~。 バババ~ン、バッバッバッバ~~…

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一の橋の樟樹

和歌山城一の橋、大手門付近にあるクスノキの大樹。 この樹の詳しい説明は、立札をお読みください。 では、石垣を登ります。ではなくて、石垣をぐるっと廻って、西の丸から近づいてみます。 社が二つあります。やはり、この樹もご神木として祀られていましたね。右の白い明神鳥居のほうの社には樟守大神。左の赤い神明鳥居のほうは、白竜大神と書かれています。なにか曰く有りげですが、その話…

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和歌山城一の橋大手門

和歌山城の表玄関、一の橋の大手門です。昭和20年7月9日の空襲で焼失、近年復元されました。手前の橋が一の橋です。武骨な岡口門と比べると、優雅なつくりになっていますね。 すぐに巨大なクスノキが、目に飛び込んできます。「一の橋の樟樹」と呼ばれ、県指定天然記念物です。低く見える石垣は、5mくらいの高さがあります。 (◎ー◎;) 赤い花を見つけました。んっ、その向こうの石垣の左端の木に…

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和歌山城岡口門

和歌山城の裏門、岡口門です。 ここに説明板がありますので、興味のある方はお読みください。 門の上からも、矢や鉄砲で守れるようですね。 門を入るとすぐ目の前に、巨大な石垣が・・・。 城内から見た、岡口門です。左手の鉄砲挟間の塀の向こうは、大きな濠になっています。 石垣の階段を上がってみました。やはり、中へ入る扉がありました。 門に使われる…

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コートを着た紅葉葉楓

紅葉葉楓と書いて、モミジバフウと読むそうです。美しかった紅葉も一枚残らず散ってしまい、冬ざれて寒々とした印象です。 近づいてよく見ると、毛皮のコートならぬコケ?のコートを纏っていました。これは、意外と暖かいのかも・・・。『(o・ω・))-ω-))うん 』 「えっ?」 別名を亜米利加楓と言って、アメリカ原産で大正の頃に渡来した外来種なんだそうです。紅葉葉楓。誰が名づけたのか、風…

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